岩国市ミクロ生物館

岩国市ミクロ生物館 メールマガジンバックナンバー

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■━━  岩国市ミクロ生物館ニュース  ━━■
       --- 第 6 2 号 ---

  * * * * ミクロの世界にようこそ! * * * *

“本誌はミクロ生物好きな方のネットワークづくり
サポートを目的として発刊されました。ここでしか
得られない情報など特典盛りだくさんで毎月26日
(26日が火曜日の場合は27日)に配信致します。
ぜひご活用ください!”


<目次>

☆ミクロ生物スペシャルコラム
 “放散虫 〜 有名な微化石 &
       知られざる海洋プランクトン 〜”
  東北大学大学院 理学研究科 地学専攻 助教
                 鈴木 紀毅

1】流氷の幼生“クリオネ”がミクロ生物館を訪問中!

2】「日本の海産プランクトン図鑑」おかげさまで
  重版決定!

3】1月27日から2月26日までのミクロ生物館NEWS

4】<お知らせ>3月の休館日について

◎ 編集後記


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      ミクロ生物スペシャルコラム
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 *** 放散虫 〜 有名な微化石 &
       知られざる海洋プランクトン 〜 ***

 鈴木 紀毅 (SUZUKI、 Noritoshi)
   東北大学大学院 理学研究科 地学専攻 助教


 地球は、その表面の70%が海で占められていることは
知られているが、海の底の多くが海洋プランクトンの
遺骸(いがい)で覆われていることはご存じだろうか。
しかも、うっすら海底を覆っているレベルではなく、
厚さ500 m(東京タワーの高さよりずっと厚い!)を
超えることも少なくない。その遺骸のほとんどは、
ハプト藻、有孔虫(ゆうこうちゅう)、ケイ藻、
そして放散虫(ほうさんちゅう)からなる。これらの
うち、放散虫については日本人研究者が活躍し、
全世界で報告されている論文のうち約1/3は日本人が
関わっている。放散虫の研究者人口も多く、全放散虫
研究者の1/3〜1/2は日本人であり、国内の放散虫
メーリングリストの登録者数は約70名にものぼる。
放散虫は微古生物学(びこせいぶつがく:micro-
paleontology)の世界で活発に研究されているが、
海洋プランクトン関係の書物ではあまりお目に
かからない。そこで、ここでは放散虫を紹介したい。

 放散虫は、オパール質または硫酸ストロンチウムの
内骨格をもつ単細胞生物で、リザリアという原生生物
のスーパーグループ(超界:supergroup)に属して
いる。現生の放散虫は、アカンタリア、コロダリア、
スプメラリア、ナセラリア、タクソポディアの5目
からなる。骨格の大きさは0.04〜0.40 mmだが、仮足
(かそく)を広げることでその10倍以上のサイズに
なる。ふだんは仮足をじっと伸ばしたまま海水中に
浮遊している。顕微鏡下でよく目につく放散虫には、
細胞質の色が赤や黄色で、球形や座布団のような形を
しており、塔状の骨格を持つものが多い。放散虫の
魅力はなんといっても“形の美しさ”である。ぜひ、
インターネット上で「放散虫」と入力して画像検索を
試してみて欲しい。現在の海には約1、000種の放散虫が
いるが、化石を含めると約1万5、000種が記載されて
いる。名無しの(学名が未定の)放散虫はその数倍〜
十数倍はあるといわれるほどの多様性が知られている。

 放散虫はカンブリア紀のはじめ(約5億4、200万〜
5億2、100万年前)に出現し、現在まで種は入れ替わり
つつ歴史を紡ぐ。長い歴史のなか、かたくなに海洋域
に留まり続けてきた。淡水性は皆無で、汽水性も北欧
のフィヨルドの奥に1種が知られるのみという徹底
ぶりである。ここまで徹底して海に固執(こしつ)
した生物は棘皮動物(きょくひどうぶつ:ウニや
ヒトデ、ナマコの仲間)くらいではなかろうか。
5億年の間に絶滅の憂き目をみた生物が多いなか、
放散虫は生き延びてきた。海に固執したことが生き
残った秘訣の1つなのかもしれない。

 外洋であれば水平・鉛直(えんちょく)方向ともに
放散虫は広く分布している。水平方向だと赤道海域
から南大洋や北極海などの高緯度海域に、鉛直分布は
海洋のごく表層から水深8、000 mまで、(生きている)
放散虫が棲み分けをしている。もちろん、海域ごとに
種の構成は異なる。あまりにも分布が広いため、水深
4、000 mより深いところについては、 1953年に旧ソ連
の深海探査船ビチャーズ号がプランクトン採集をした
きりで、超深海の放散虫のことは、海洋底の泥を
調べることで推定している。

 さて、放散虫はどんな餌を食べているのだろうか。
生息海域が多様なので一概に言えないが、共生して
いる藻類から栄養をもらっている種もあれば、他の
生物や物質を捕食する種もある。深海種はバクテリア
やマリンスノーなど浮遊粒子を捕獲していると想像
されている。捕食をする放散虫では、捕食対象が仮足
に触れると、仮足が持つきわめて強い粘着力によって
がっちりと捕獲する。活発に泳ぎまわるカイアシ・
エビ・カニ類などのノープリウス幼生や小型カイアシ類
の成体ですら、一度張り付いてしまうと逃れられない。
その粘着力を目にしたカイアシ類の専門家も驚くほど
である。そのような餌のなかには、放散虫の骨格サイズ
の2〜3倍の大きさをもつものもあるが、そのような
生物でも、細胞外で膜に包み込むことで、1〜2日も
あれば消化してしまう。手当たり次第に何でも食べる
わけではなく、特定の生物だけを粘着させるという餌
選択制をもつのが驚きである。餌としては、有鐘
繊毛虫(ゆうしょうせんもうちゅう)、ケイ藻、
甲殻類の肉片などが食胞から見つかっている。
一方、放散虫を補食する生物については、一部のものが
ゼラチン食性のカイアシ類やサルパ(クラゲに似て
非なる脊索動物)に捕食されることは報告されている
が、それら以外の放散虫を狙って捕食する生物がいる
のかどうかは不明である。

 放散虫を研究する際に障害の一つとなっているのが
長期間の培養ができないことである。このため、現状
では野生株を採集して観察したり、断片的証拠を
つなぎ合わせて調べるしかない。寿命については、
亜寒帯域のセジメントトラップ(海水中の粒子を
集める装置)のデータによれば、春と秋に現存量が
高くなる季節変動がみられることから、半年程度の
寿命はあるに違いないと考えられている。有性生殖と
無性生殖の2種類の生殖方法を用いて増殖していると
言われているが、配偶子とみられる遊走子の放出は
顕微鏡下でしばしば目撃されるものの、残念ながら、
これまでのところ、成体まで育った例はない。骨格の
成長については、オパール質の骨格を持つ放散虫では、
“新しい骨格が出来るモード”、“すでにある骨格が
伸びるモード”、“すでにある骨格を太くするモード”
の計3つのモードによって骨格が成長する。特に最後の
モードは2009年に国立科学博物館・特別研究生の
大金薫博士が“STG”と名付けたものである(詳細は
http://www.jstage.jst.go.jp/article/pbr/4/3/89/
_pdf/-char/ja/
をご参照ください)。

 放散虫は「共生藻類(きょうせいそうるい)」という
言葉とも縁が深い。「共生藻類」の訳語にかつて
「zooxanthella」という英単語があてられていた
(「褐虫藻(かっちゅうそう)」の和訳を与えている
辞書もある)。この語源は、放散虫に伴って見つかった
共生藻類をZooxanthella nutriculaとして1882・1883年
にBrandt博士が新種記載した属名に由来する。飼育実験
の結果から、一部の放散虫種の共生藻類は、炭素を宿主
(放散虫)に渡していることがわかっている。しかし、
ここまで厳密に共生関係を立証した例は放散虫では
少ない。大多数は特定の放散虫種には必ず藻類が伴う
など、状況証拠から共生藻類だろうと推定されている
のが現状である。放散虫はこれら共生藻類を「畜養
(ちくよう)」しているらしく、共生藻類は宿主の中で
細胞分裂をして数を増やすが、増えすぎた共生藻類を
宿主が消化してしまうことで共生藻類の総数を
コントロールしている。放散虫の共生系はわからない
ことだらけなので、「放散虫と一緒にいつも見つかる
微小生物」の分子レベルでの同定が盛んに行われている。

 分子レベルでの同定は、共生生物だけでなく宿主に
対しても行われている。野生株の単離細胞を分子系統
解析(細胞中のDNAやRNAの塩基配列を調べることで
系統を決める手法)するしかないという困難のなか、
日本人の貢献は大きく、これまでに、東京学芸大や
筑波大のグループが放散虫の分子系統の概要を明らか
にしてきた。学問的に衝撃だったのは、「放散虫」に
属するとされたファエオダリアという生物が、
ケルコゾアという別のスーパーグループに属すること
がわかったことである。なんと、現生「放散虫」の
研究成果に実は放散虫が含まれているのかどうか
わからなくなったのである。というのも、かつての
論文や教科書ではファエオダリアと他の放散虫の区別
を示さずに、一括して「放散虫」を論じていたから
である。後世の人が読み替えできるように、観察した
生物をきちんと分類し、図示しておくことがいかに
大切かを知らしめる事件でもあった。

 生きている放散虫を実際に見たい場合、最も簡単に
採集できるのがアカンタリアである。アカンタリアは
硫酸ストロンチウムの骨格をもち、死後は海水に
溶けてしまう。そのため化石記録は無い。しかし、
分子系統解析ではリザリア・スーパーグループのなか
で最初に枝分かれした一群のため、スーパーグループ
間の進化を考える上で重要な放散虫である。
アカンタリアは分類が大変難しく、世界でも専門家が
途絶えている。近年、フランスでアカンタリアの
分子系統と形態分類との統合研究が進められており、
私もこの計画に参加している。この研究でアカンタリア
の分類体系は大きく変わりそうである。

 分子系統解析によってファエオダリアが放散虫で
なくなってから、国内の報文で現生放散虫のことを
まとめたものはなかった。そこで、日本プランクトン
学会の「日本プランクトン学会報」という機関誌の
58巻1号に短い拙著を載せて頂けることになり、また
放散虫の高次分類と細胞構造に関する本格的な
レビューが同学会のPlankton & Benthos Research誌に
掲載予定である。さらに深く知りたい方はそちらを
参照していただければ幸いである( 日本プランクトン
学会 http://www.plankton.jp/index.html )。


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1】流氷の幼生“クリオネ”がミクロ生物館を訪問中!

ミクロ、というには少し大きいかもしれませんが、
“流氷の天使”クリオネが、はるばる北海道から
やって来ました!

別名「ハダカカメガイ」。
赤ちゃんのころはカラを持ち、他の貝の赤ちゃんに
よく似た姿をしていて、見た目も貝らしいのですが、
大きくなる前にカラを脱いで、そのまま大人に
なってしまう、ふしぎな生き方をする貝のなかま
です。

流氷があるような、冷たい冷たい海でなければ
生きていけないため、瀬戸内海はもちろんのこと、
日本のほとんどの海では目にすることができない、
貴重な生物です。

ひらひらと必死に泳ぐ姿にいやされること間違い
無し!
とってもかわいいので、皆さんもぜひ見にいらして
くださいね。

2月11日から4月のはじめ(春休みの終わり)までの
期間限定展示を予定しています。

ご提供いただきました、紋別市在住の濱岡荘司様、
中井智子様には、この場を借りて深くお礼申し上げ
ます。

北海道紋別市には、流氷やオホーツクの海の生き物
について深く学習できる施設や、アザラシたちにも
会えるそうですので、クリオネ大好きな方はぜひ、
北海道にも足を運んでみられてくださいね!


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2】「日本の海産プランクトン図鑑」おかげさまで
  重版決定!

おかげさまで、昨月に販売を開始致しました「日本
の海産プランクトン図鑑」の初版がほぼ完売し、
重版されることとなりました! ご購入いただき
ました皆様には、この場を借りて深く感謝・御礼
申し上げます。
これからも、皆様のお役に立てる書籍や教材の開発
に励んでまいります。


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3】1月27日から2月26日までのミクロ生物館 NEWS

※ 詳細は各記事下のURLをご参照ください。

1月28日>
広島大学大学院小池研究室の皆さんが来館されました
http://shiokaze-kouen.net/micro/news/page511.html

1月31日〜2月3日>
ラジオ番組のインタビューを受けました!
http://shiokaze-kouen.net/micro/news/page515.html

2月1日・2日>
岩国中学校の職場体験を行いました
http://shiokaze-kouen.net/micro/news/page512.html

2月3日>
岩国市美川地区の方々が見学に来られました
http://shiokaze-kouen.net/micro/news/page513.html

2月9日>
クリオネのテレビ取材がありました
http://shiokaze-kouen.net/micro/news/page514.html


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4】<お知らせ>3月の休館日について

館内設備保守・点検、職員出張等のため、誠に勝手
ながら以下の日程を休館日とさせていただきます。
なにとぞご了承くださいますよう、よろしくお願い
申し上げます。

3月7日(月) 18日(金) 25日(金)

※ 諸事情により、休館日が変更になる場合がござい
ます。最新の情報は予定表
http://www.shiokaze-kouen.net/content/calendar.php
をご覧ください。


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  編集後記
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 餌を食べるときの姿はちょっと何ですが、健気に
 パタパタ泳ぐ姿がとてもかわいいクリオネたち。
 見ているだけで、とても癒されますので、皆様も
 ぜひ一度、見にいらしてください。
 虫眼鏡も置いていますので、拡大してじっくり
 観察していただけます!
 また、今号の鈴木先生のコラムで放散虫の魅力に
 惹かれた方はぜひ、国立科学博物館の大金薫博士
 制作の「放散虫ぬいぐるみ」(下記URL参照)
 http://www.kahaku.go.jp/event/2009/
 12deep_sea/nuigurumi/nuigurumitop.html
 の製作にもチャレンジしてみてください。
 放散虫が持つユニークな形の魅力を、作って、
 眺めて、たっぷり満喫できます!
 放散虫ぬいぐるみは近々ミクロ生物館でも展示
 する予定です! お楽しみに!!  (末友)
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●岩国市ミクロ生物館 お問い合わせ先
 住所:〒740-1431
 山口県岩国市由宇町有家浦
 潮風公園みなとオアシスゆう 交流館内
 Fax:0827-62-0156(24時間受付)
 E-mail:micro@shiokaze-kouen.net
 Website: http://shiokaze-kouen.net/micro

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●次号の配信日は 3月26日です。お楽しみに!

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岩国市ミクロ生物館ニュースは、これからも
内容の充実に努めてまいります。
皆様のご意見、ご感想等、お待ちしております。
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発信元: 岩国市ミクロ生物館
館長・メールマガジン担当: 末友 靖隆

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